『2017.11.20(mon) Boiler Room Tokyo in your Parallel as a time that finale a CPF stands it』

CPFは a CPFとして静かに幕を閉じる。
機能として産まれ、
機能したが故に実存達を巻き込み、
それでも機能としての夢を見続け、
顕名化の果てに没機能化する。
必然であるなら理想であるはずなのに、
意識を機能から切り離す甘え癖がこの事象をも感傷的にする。

”大事なのはクリエイティビティであって、コンテンツ産業、的な方法論はその次なはずだ。”
いつの時代も、時代が変わっても、
例えば音楽の社会的機能、語弊込みで言えば音楽という現実界への希求、
というものは無くならない。
(音楽自体は現実界だから自分たちは社会化、コンテンツ化しないと’それ’とコミュニケーションできないぜ!)
短冊CD時代でも、CDをデフォルトでPCが取り込めなくなっても、
CD媒体やデジタルコンテンツや、ストリーミング配信やライブパフォーマンス、、、
”コンテンツ化”の方法を変えながら、音楽は私たちの社会に現前し続ける。
言い換えれば、音楽産業の側の都合でそのクリエイティビティが影響を受けるのは違うんじゃあないか?(クリエイティビティってものとクエリエイトするan agentをdivineできていなかった愚かさは逆に今では糧となった。ということはカッコ内に留めておくものの。)
約10年前に仲間とCPFをスタートさせようとしていた時、青臭くもそんなことを考えていた。
いつも打ち合わせに使っていたあのキャンパスの西棟小部屋にまだ防犯カメラがなかった時代の話だ笑
だから、CPFは当初から方法論であった。レーベルではない。
クラウドファンディング、クロージングコミュニケーション、期間的=体験としてのパッケージ提供、一般市場にはオリジナルでなく二次創作がシミュラクルなオリジナルとして展開する、、
今ではポピュラーになった方法など含め、”当時のリアリズム”を纏ってアーティスト・クリエイターのクリエイティビティを我々消費者にRAWに届けるにはどうすればよいか、、
スタンスだけ見れば産業論へのハッキング的な要素もあり、無邪気に素朴に、システム論を展開している気分になっていた。

そのような青臭い発想が今日まで形として残ったのは、CPFの理論や方法が優れていたからではなく、その方法論上でクリエイティビティを発揮してくれたアーティスト・クリエイターの皆様に恵まれたから、同時にそのアーティスト・クリエイターの持つコミュニティ=コアなヘッズ達のリテラシーがイケていたから、に他ならない。当然である、これだけ頭でっかちに好き嫌いだけ放言してきた自分たちが本当に好きなアーティスト・クリエイターにプロジェクトをやっていただけることができたからだ。せっかくだからお前はもっとアウトプットをしろ、と常々MERCYさんが言ってくれていたし、最後にそれぞれのプロジェクトを自分自身で振り返ってみることが自分が、自分たちが、これだと信じているCreativityの信じられない誤配を産むことにつながるかもしれない、と最後まで保守なロマンに沈みながら、総括的テキストに今日というコンテクストをエンコードする。

Seeda_square

2017年11月20日月曜日、
表参道にあるWALL&WALLというクラブ・イベントスペースにて、
Boiler RoomをCPFでやらせていただく機会をいただいた。
まず最初に、プロジェクトが長期にわたり、多くの会員の方々へご迷惑をおかけしたSEEDAさんのプロジェクトのリリースパーティ、というか、直接のパフォーマンスの舞台をお届けできていなかったことに関して、皆様へ恩返しできるには最高の舞台だと思い、SEEDAさんに相談した。
絶対にSNSなどにはそんな様子は見せないが、楽曲の遅れで会員の人たちが心配する、という心配をして鬼電してきて、最終的には電話で言い合いになるくらい本当はいつも会員の方、自身の楽曲を聴くリスナーのことを考えて苦悩していたSEEDAさんもとても喜んでくださり、会員の方だけでなくこの機会を通して、このプロジェクトがあったからこそ世界へ発信することを一番喜んでくれるのが今回のプロジェクトの会員の方たちに他ならないだろう、と話し、ではそのSEEDAさんのライブ、を今、日本のクリエイティブとして世界へ発信しようとするのなら、どんな構成で見せるのが良いのか、その思いと自分のイメージをソラくんに相談した。
SEEDAさんを軸に、彼が何を考えて音楽をしてきたのか、音楽とそれに関する自身の生活や環境に向き合ってきたのか、をパッケージとして見せることができれば、2017年今日のクリエイティビティとして今回の放送自体を発信できるのではないか。自分の抽象的な希望を、具体的に形にすることで自分の哲学を表象することにこだわり続けている彼は、Video Buillon、RAMZA、PUNPEEというラインナップを調整しそれに応えてくれた。
このコンテクストを喜んでくれる全ての方と、この中の1要素からでも誤配するかもしれない全ての方へ、CPFからの御礼として、この’コンテンツ’をお届けしたいと思っている。

『Boiler Room Tokyo in your Parallel』

Seeda_fb_event

CPFは常々、プロジェクトって何をしているのか、という問いには、その当該アーティスト・クリエイターと同期しているのだ、とラカンージジェク的、いや、東浩紀的に答えてきていた。コンテンツ、例えばCDという方法でその同期が機能していた時代、その同期の仕方にリアリズムがあった時代、、その同期の方法論の更新をクリエイティビティが先導してもいいでしょ?という生意気さが我々の唯一のウリであったからだ。
今や同期はタイムラインが担っている。
パラレルワールドは確実に同期できる対象になってきている。
Singulality上等、俺たちにはアノミーがある。
別にCPFがCPFとして存在しなくても、同期は加速している。
同時に、我々はレーベルではないから、そのせいでサービスとして、商業的な意味としてお金を払っている方たちにご迷惑をおかけするのは避けなければならない。
ほんとさー、考えてることは面白いんだけどそもそも商売とかしたことないのに頭でっかちスタンスで実際にサービス展開してしまっているからとっぽく見えるんだよ、とりょうくんが笑って諭してくれるがその通りだと思う。(仮にでもCPFがサービスとして機能できていたのは、Mr.Sennaのおかげだ。)
でも、でも+自己満=エセstand aloneだとわかっているが、でも、やってよかったと思う。
二木さんがいけてるのは(本当にダメな人だけど。ラップが下手だし。)、コミットとかほざかずに実際その対象に突撃するからだ。相手がギャングスタラッパーでも二木はフリースタイルを仕掛ける(しかもラップが下手なのに。)。その場でヨレるし、酔い潰れる。私批評家だけど君ってこんな感じでいけてるよね、とか絶対に言わない。だから、ってわけではないが、CPFもこれまで総括とかプロジェクトを自分たちで意味付けるようなことは絶対にしなかった。(MERCYさん、大丈夫です今回はちゃんとさっきも書いたみたいテキスト作ります笑)こういうプロジェクトをやる、それ以外には何も言わない。こんな曲を作ってください、とか、ユーザーがこう言ってますよ、ってこともアーティストと話さない。でも、そうであっても、クリエイティブな人は勝手にCPF、いや自分たちリスナーのリアリズム、をフィルターにして、極上の一本を作ってくれる。クリエイティブすぎてハックする対象がなくなって飽きていたからATOSONEが自分に興味を持ってくれたように。
そのことがわかったことが、自分たちだけでなく各プロジェクトの会員の皆様が好きなアーティスト、というコンテクストが、音楽という現実界の存在でなくクリエイターという象徴界と苦悩し続ける存在だということを一緒に感じて下さったことが、CREATIVE PLATFORMの財産だ、と言える今、CPFを終わりにする時だ、と思った。
これからはCPFという顕名でなく、アノミーと同期する設計をし続けていきたい。その意図を、今回のBoiler Roomは表現できると思う。これまでのCPFとD兄と手伝ってくれている全ての人のおかげで。蟹皇とウツローマンのおかげで。その意図が誰にも届かなくても、その場が存在さえすれば、誤配は起こる。ディスコミュニケーションをコミュニケーションできているという錯覚ができるのが人間の唯一の優れているところだ、と自分も常々思っているが、それを話せるくらいにまでなって今は自分の数少ない友達と思っているMr.PUGは、意味わかんないっすよでもなんか言っていることわかるっすね、と言ってくれるが、それが答えなのだと思う。
意味なんてないし、わかんないけど、なんかわかる。
その一致でも不一致でもないアノミーの入り口が絶望から救ってくれる。久しぶりに一人でJBMさんの家に伺い、送ってくれた帰り道の途中にある国道とドラッグストアとひったくりが多発する(Jさん談)駅への路地の入り口で夕陽が綺麗だった時、自分とJさんの育った環境は違うしリアリズムも異なるが、その日の話からその時自分がどんな気持ちだったか、Jさんにはわかってたし、それでも、駅で別れた後は、交わらないそれぞれの日常に戻ることを意識させてくれるさみしさ=喪失の忘却だっけ?があたたかい何かをくれる。それを無理にコミュニケーションが成立している、という必要はない。ディスコミュニケーションだと思う。でも成立している。ポジティブなn2を創発している。
そのきっかけとなる、アノミーとの同期、
CPFで言えば、自分の人生とは全く異なる価値観、景色であるアーティストの日常と同期し、そういった人生もある、という多様性の認識が日常をクリエティブに再生産する(DOGMAくんが見せてくれる’絶対的に自分たちの日常とかけ離れている爽快さ’、といえば解りやすい。この世界最強のクソコンテクスト国家にあんな男前なCheech and Chongが存在している、ってアノミーが気持ち良くないはずがない。)、という経験、
それを実装しよう、それが、CPFだ。
CPFだった。
そして、こんなことを最後に書くことができることそのものが、幸せなのだ、ということも分かった。FUCK自己語りだが、何かを語る、ということはそれを語れる、という過去の履歴でなく今の幸せなのだ、ということはハマサキ塾 aka TRASMUNDOの生涯学生である自分には叩き込まれているが(リョーシくん、お前もだ。)、おそらくでは今自分は幸せなのだろう。または、幸せな何かが起きている、のだろう。そういえば、これもCPFのおかげで友人になれた彼も最近小説を書いていると言うし、彼もなんだかんだ今幸せなのかもしれない。または、幸せな何かが起きている、のかもしれない。それが本当に起きていても起きていなくても、それは嬉しいことだ。ディスコミュニケーションのおかげで友人の幸せ(仮想)を喜べたから。
交わらないが交わらないということで交わることのできる全てのタイムライン、パラレルワールドに感謝して、このテキストとCPFを終えることとする。それでも明日は特に変わらない。おんなじようなことを考え、おんなじようなミスを繰り返し、田中さんにいつもとおんなじような電話をする。自分が待ち合わせに遅れることと、今日何の飯にしますか?という話。そして、田中さんの答えもいつも変わらない。了解です、そうだねえ何にしようかねえ、って話。
Farewell for Welcome to any Parallel.

 

それにしても、未だに尚 世界は広大だわ。

 

 

ってことですよね、そうたくんw?

 

 

2017年11月吉日

CPF

===
『Boiler Room Tokyo in your Parallel』
@WALLandWALL Omotesando
http://wallwall.tokyo

open;19:00
start;20:00
close;23:10

Stands;
SEEDA,
RAMZA,
PUNPEE,
Video Buillon + taps

https://plz.shopselect.net/items/8638653
一般の方のご来場につきまして、チケットはこちらからご購入いただけます。
こちらの購入はイベント開始直前まで可能となっております、
また、コンビニ決済をご選択し、未決済の方は当日入り口でお支払い可能でございます。
当日券も若干数予定しておりますが、会場はかなりの混雑となるかと思います、
ぜひお早めにご来場ください。
お問い合わせなどございましたら、
ask@creative-platform.org
までお気軽にお問い合わせください。
===

 

追記

※SEEDA on CPF プロジェクトの皆様へは、こちらもお待たせしておりましたが最後の特典配信音源・映像集を本日お届けさせていただく予定でございます。
Boiler Roomでも共演するRAMZAとの楽曲など、お待たせしてしまいましたが今このタイミングでぜひ聴いていただければと思います。お届けの際にまた続報させていただきます、何卒よろしくお願いいたします。
また、当日のPUNPEE DJ setは映像を絡めたセットになるとのこと、こちらもぜひ楽しみにしていただければと思います。
※混雑が見込まれますので、会場時間を早め19時からとさせていただきました、皆様のお早めのご来場一同心よりお待ち申し上げております。当日はBoiler Room/Dommuneのカメラが入りますので、映像に映り込む可能性がございます。いろんな方々がいろんな意味でご了承ください。

 

 

fin.

コメント投稿は締め切りました。